クリスマス・ブルー


　新しい主人がついた。
　クリスマス前のサンタの大きなプレゼントだ。

　おれには何年も主人がつかなかった。怪我をしてからランクを落とされ、クズ犬としてずっと地下のペットショップでくすぶっていた。

　――このクリスマスまでに主人がつかなかったら薬殺だぞ。

　担当アクトーレスのジョニーはそう脅した。おれはおびえ、ペットショップのケージのなかから毎日必死に愛嬌をふりまいていた。

「中国人か」

　初老の白人がたちどまり、ケージごしにたずねた。
　ショップの店員は日本人だと説明した。

「中国犬はきれいなのが多いですが、日本の犬は従順だと評判ですよ」

「従順な犬はいい」

　と白人はケージのなかに手を差し入れた。

　おれはその手がからだを触れるままにさせ、おくゆかしく目を伏せた。指が乳首をこねまわしだしたところで、もじもじと身じろぎをする。

　からだを離し、その指を口にふくんだ。ペニスに見立ててしゃぶり、エクスタシーを感じているように腰を釣り上げ、揺らす。

　三十すぎのおっさんが滑稽だ、恥ずかしいなどと言っていられない。冗談ではなく命がかかっている。

　初老の白人はこの古典的な媚が気に入ったようだ。彼はおれをケージから出し、『おためし』もせず、調教権をとってくれた。這って歩く時、わずかに足をひきずるのに気づいても怒りはしなかった。

　主人はおれに言った。

「わたしがおまえに望むのは従順であることだ。わたしは調教には興味がない。おまえが従順でなければ、売るだけだ」

　おれは「ははーっ」と時代劇のように這いつくばりそうになった。

（従順、まかせてください。どんなワン公よりワン公になりきってみせます）

　おれは奇跡的にひとの飼い犬になった。

　ご主人はアメリカの宝石商だった。正直にいえば、このご主人のセックスはそれほどよくはない。お年相応にスタミナに薄く、ペニスもやわらかい。ついでにケチで、散歩は中庭ばかり。クビクルムのチャージ料金を払いたがらず、おれのセルでおれを抱く。

　だが、それがなんだと言うのだ。生きていてこそだ。命があるだけでありがたいではないか。

　時あたかもクリスマスシーズン！　ほかの犬にとってはクリスマス・ブルーの季節だが、おれの頭にはジングルベルがエンドレスで鳴っていた。

　だが、運命というのはよくなった途端、こっそり罠が仕掛けられる。最初の散歩に出た時、おれは手もなくその罠にはまった。




　その犬とは回廊で会った。
　主人に連れられ、うっそりと回廊を這っていた。

　北欧の出だろうか。大きな犬だった。肩が鞠のように大きく、太い腕がしっかりと地をつかんでいた。

（なんてやつだ）

　おれは生唾を飲む思いがした。

　その犬は銀髪だった。体毛も薄い色で、回廊にさしこむ陽があたると、みごとな肢体が大理石のようにきらきら光った。

　燃えるサファイアの青い目をしていた。その目に光が映った時、おれは恋に落ちた。

「ごきげんよう。伯爵」

　おれの主人が声をかける。「おめずらしい。こちらでお遊びですか」

　若い伯爵も年上の客に気づいた。

「いや、これを預けに――東洋のわんちゃんですか。かわいらしい」

「地下で拾ったのですよ。あそこにはたまに掘り出し物があります」

　主人はおれを自慢したいらしい。おれはいそいそと伯爵の靴先にキスをして、彼を見上げた。

　痩せてうるおいのない、冷たい感じの男だった。冷酷そうだが、立ち居ふるまいに品がある。

「いい子だ」

　うちの子にも、と目でうながす。
　おれはウキウキと大柄な犬の股間に頭をもぐりこませた。

（立派な！）

　胸のなかでうなりつつ、銀毛の下に鎮座した大きなペニスに口づける。キスし、敏感な穴をそっと舌でなめた。

　自分の主人の足元に戻り、返礼を待ったが、相手の犬は知らん顔している。伯爵はその尻を軽く足で押さねばならなかった。

「マキシム」

　犬はいやそうに這い進み、おれの主人の靴にキスした。ついでに、おれの腹に頭をくっつけたが、ペニスにキスはしてくれなかった。

「仔犬ですかな」

　おれの主人はマキシムの無礼を見咎めた。「飼い主の目をごまかす悪癖がついてますな」

「まったくこいつは――来い。お仕置きだ」

　若い主人は赤くなって犬を叱り、そそくさと去った。
　おれの主人は得意げだった。

「完全になめられとる。派手な外見に高い金を払ったな」

　主人は言った。

「あんな犬は願い下げだ。きれいな犬が欲しけりゃ、本物の犬のほうがきれいだ」

　高貴な客の不甲斐なさを見て、主人はうれしそうだった。

　主人が下を見なくてよかった。おれはあの犬のきりりと締まった小桃のような尻を見つめてヤニさがり、なかば勃起していた。




『ヒロ。いけない。あなたにはご主人が』

　なぜか和服姿のマキシムがぺたりと布団に倒れる。おれは鼻息荒くその腰を抱きかかえ、裾に手を差し込む。

『あッ』

　マキシムの腰がぬけ、わなわなとふるえる。布の奥では愛撫を待っていたように尻の穴が熱く熟れている。濡れた指をもぐらせると、その尻が小さく跳ねた。

『あ、ひッ』

　うろたえ、あがく腰をおさえつけ、熱い粘膜をねっとりかきまわしながら、片手を彼の胸元に差しいれる。すべらかな胸に触れると、彼は身をくねらせた。

『ア……ダメ……ダメです』

　いやいや言っても、彼の小さな乳首はぽつんと熱く突き立っている。かるくつまむと、その唇がかすかにふるえた。

『いけません……ご主人様が……』

　ここでおれは耳もとにキスして『きみだって、おれが欲しいだろ。ほら、ここがこんなに』

『ヒロ、ああ、――』

　彼のひざはすでに開きかかっている。顔をそむけながらも、その深奥は甘い果汁に濡れ、熟し、とけくずれている。内腿がしっとりと汗ばみ、ふるえていた。
　もうたまらん、とその足を押し分けようとしたところで、目が醒めた。

　チャイムが鳴っている。昼休みだった。
　あわててベッドを降り、ドアの前に座った。すぐにドアが開き、ウエリテス兵が入ってくる。

　彼は無造作におれの首輪をつかみ、チェーンをつけた。
　またか、とウエリテス兵が鼻息をつく。おれも気づき、照れて笑った。色っぽい夢のせいで、おれのペニスは機嫌よく浮き上がっていた。

　回廊に出ると、庭に遊びにいく犬たちが、一本の鎖に首輪をつながれ、ひとつらなりになって待っている。

「元気だねー、ヒロさん」

　隣のフィリピン犬がおれの股間を見て笑った。

「あんた、いいねー。新しい主人ついて若返ったねー」

　このフィリピン犬は眉目正しい古風な美形なのだが、ゼンジー北京のような日本語を話す。

「あんた、じじい好きだったのねー。変態ねー」

「ちがうって。こないだ廊下で銀髪のすっごい美人を見たんだ」

「こんなに立派にして。わたし、手伝うか」

　そう言って、にゅっと手をのばしてきたから、おれは飛び上がってしまった。
　鎖が引かれて、ほかの犬たちが唸る。ウエリテス兵に叱られ、列に戻ると、フィリピン犬はケラケラ笑った。

「ヒロさん。注意しないとダメよ」

「おまえのせいだろ」

「ちがう。あんた、惚れっぽい。惚れると見境ない」

「やかましい」

　そうだ。おれは惚れっぽい。それでいつも失敗するのだ。用心しなけりゃならない。
　だが、

「マキシム・オストロフスキーね」

　と彼が言った途端、用心は吹っ飛んだ。

「な、なんでわかる」

「ぜんぜん不思議ナイよ。みな、マキシム噂してる」

　彼は言った。

「あんた、なぜ知らない。中庭じゃ噂。フランスの貴族に飼われているプラチナ犬よ。最近までドムス飼いされていたね。でも、なにかやらかして、こっちに戻されたよ。ボスたちが今クジ引きの最中。――よだれ、ふけ」

　おれは自分の口からよだれがしたたったことに気づいた。
　つい、ドムスの玄関で待つ、メイド姿の彼を想像してしまっていた。短いスカートからはみ出た白い尻を思うと、また股間が煮えたぎってくる。

　鎖が引かれ、エレベーターへ向かった時、おれはフィリピン犬に聞いた。

「え、なんのクジだ？」

　エレベーターにおさまる間、彼は答えなかった。中庭に出た時、はじめて彼は答えた。

「やつを犯るクジよ」